九州大学大学院総合理工学研究院 
助教 博士(工学) 赤嶺 大志さん のインタビュー

電子顕微鏡で見るミクロの世界に魅せられた

九州大学大学院総合理工学研究院 
助教 博士(工学) 赤嶺 大志さん

2017年 3月31日 インタビュー

 

  • 2008年4月 九州大学工学部エネルギー科学科入学
  • 2012年4月 九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学専攻入学
  • 2012年12月 修士博士一貫コース Green Asia Program編入
  • 2017年3月 九州大学 Green Asia Program修了, 博士(工学)
  • 2017年4月 九州大学大学院総合理工学研究院 助教

    聞き手:
    萩島理(九州大学大学院総合理工学研究院教授)

 

修士博士一貫コースGreen Asia Programの一期生として博士号を取得し、2017年4月からは九大総理工のアカデミックスタッフとして勤務される赤嶺さんにお話しを伺いました。

磁場を使って磁性材料の組織を制御する–

Q. 門外漢の私が質問するのが適当なのか分かりませんが、まずは赤嶺さんの研究について教えて下さい。

A. 修士からずっとやってきたテーマは、材料の相変態のメカニズム解明で、具体的には、磁場を使って材料の組織形成の過程を制御して得たい特性を得ようというものですね。

 

Q. 具体的に扱っていた材料はどんなものでしょうか?

A. HDDなどの磁気記録に使われるような磁性材料です。 磁性材料を磁気記録に使うときには、結晶の向き、配向を制御するのが非常に重要なんです。普通にただ材料を作ると結晶はバラバラになってしまうのですが、そこに磁場をかけるとキュッと向きが揃う。磁場と熱処理のプロセスをうまく組み合わせてやると、非常に効率よく配向した組織が得られる、という事が知られてます。
でも、そのメカニズムが分かってなかった。そこで、組織を観察しながらどうなっているのか、というのを調べました。

 

Q. どちらかというと、工学的な応用研究というカテゴリになるのでしょうか?

A. そうですね。 ただし、自分の使った材料は実用材料という訳ではなかったので、研究結果が直接何かの製品開発に使われるためには、まだ考えないといけない事がありますね。一方で、解明したメカニズムは多分広く色んな材料に適用できると思うので、そういう点では基礎研究としてかなり意義があると思ってます。

 

Q. 実験、観察のアプローチが中心ですか?

A.そうですね。まずは修士の時には実験、観察をやって、それでメカニズムを考えるのですが、それだけでは裏付けがないので、博士になって数値シミュレーションもやりました。それで非常に良く再現でたので、その仮説は正しいだろう、という感じですね。

 

電子顕微鏡でみる材料のミクロの世界の魅力

Q. 研究のどんなところが楽しいですか?

A. 研究するという事自体がまず楽しい。新しい事を見付ける楽しさですね。
あとは、僕の場合、電子顕微鏡で材料の組織を見ること自体がとても楽しいですね。普通目にしている材料の中身が、本当はどうなっているのか、ということが非常に具体的に分かります。それが楽しいです。
装置次第で原子もハッキリ見ることができます。例えば、最近の透過電子顕微鏡という装置を使えば、一千万倍くらい拡大できて、ピコメートルレベルの大きさのものが見える。目に見えてる世界とは全く違う、特殊な世界ですね。物事の真理が隅々まで見える、みたいな感じかな。

 

Q. 電子顕微鏡というのはかなり高価な大型装置で、それがある大学というのは限られてますよね?

A. ものによってはそうですね。だから研究環境は恵まれてます。本当に。

 

Q. 電子顕微鏡で見る世界の魅力、というのは博士進学の動機にもなっていますか?

A. 電子顕微鏡を知る前の学部生の頃から、博士に進んで、できれば研究職に就きたいとは考えていました。何かを探求する仕事、日々新しい事を探していく、そんな仕事がしたいな、と思っていました。
で、実際に卒論、修論で研究室に入ってみて、研究する事への漠然とした憧れから、具体的な研究分野についての面白さに開眼した、という感じです。

 

Q. 実際に研究を進める際には、グループでやるのでしょうか?それとも基本一人ですか?

A. そうですね。スキルや知識がない最初の頃は、やはり先輩に色々やり方を教えてもらったりしました。
でも、結構早い段階から自分勝手に自由にやらせてもらいました。装置を壊してしまった事もありますけど。
一人でサンプル作って、見て、考察して、実験の方法や条件を変えて、という試行錯誤です。データ自体はみんなで見て話し合いますが、基本的には一人で進めることが多かったです。
あまり縛られず自由にやらせてもらえる研究室だったので、それが楽しかったですね。

走査電子顕微鏡によって可視化されたFe-Pt合金の磁区構造(a), 結晶方位(b), 表面起伏(c)。

 

Journal paperの採択まで1年間戦ったことも

Q. 博士課程で大変だった事、苦労した事は何でしょうか?

A. いやあ、paper(ジャーナルに掲載される論文)には結構苦労しました。最初は書き方が分からなくて。
指導教員の西田先生や共同研究の先生方に何度も何度も添削してもらいました。

 

Q.paperの投稿で、特に苦労したのはどんなケースですか?

A. 僕の場合、テーマのやや違うものを3本書いたのですが、1本目は修士学生だった事もあり特に研究室の先生方が親身に指導して頂いて、結構テンポよく採択までたどり着きました。2本目はベルギー留学中に書いたのですが、やはり留学先の先生がとてもよく指導して下さったせいもあって、難なく通りました。その後、3本目に商業誌を狙ったのですが、そこで躓きました。まず、書き方が専門誌とは違うということがなかなか呑み込めなくて、先生方に何度も訂正をもらいました。論文を投稿した後も、待ってようやく結果が来ると、レビューアーからの沢山の指摘、それに返答して原稿を修正して、を繰り返す。半年以上戦い続けましたね。
そろそろエディタ裁量で採択が決まるのでは、と先生方も仰っていたのですが、それがなかなか出なくて。それでも、徐々にレビューアーの指摘事項が減っていって、遂に採択になりました。

 

Q.やはり、雑誌によってスタイルの違い、読者層の違いなどで査読にもクセがありますよね。

A. そうですね。最初はその違いがよく分かってなかったです。
投稿した先が商業誌という事があって、社会的なインパクトが伝え切れてない、この論文をこのジャーナルに掲載する意味があるのか、といった事をしきりに言われました。純粋に学術的な内容とはちょっと違うその種のコメントへの対応は難しかったです。

 

Q.でも無事採択になった訳ですね。

A. そうですね。指導してくださった先生方のおかげです。査読の結果が出るまで、待ち時間もあって恐ろしいですね。でもいい経験でした。

 

海外との競争を意識する

Q. 赤嶺さんは博士の時、確か留学を経験されてますよね?

A. はい。ベルギーの大学に10ヶ月行ってました。生まれて初めて長期海外に滞在しました。

 

Q. 行ってみて、どうでしたか?

A. 10ヶ月は長かったですね。大学の中の電子顕微鏡センターのような場所でしたが、ドクターとポスドクだけで30人くらい居ました。九大にも電子顕微鏡室はありますが、人数という点で規模が圧倒的に違いました。女性が多いのも驚きました。
こうした若いドクター、ポスドクが海外から集まって来て、活発にやりとりして、目まぐるしく人が入れ替わって行く、という感じです。日本に比べれば落ち着きがないかもしれませんが、成果を出すスピードは速かったです。環境の違いはひしひしと感じました。刺激にはなりました。

 

Q. ベルギーと日本の研究環境を比べてみて、どう感じましたか?

A. 向こうでは途上国などあちこちから学生が沢山集まってきて、研究して、またどこかに出て行く、という構造で流動性がとても高いです。せっかく指導しても、すぐに出て行ってしまう、という事で教員の側からすると大変かもしれませんが、それでネットワークが広がるのかもしれません。
それに比べると日本は人手不足というか、若手研究者の数が少ないです。男女比も偏っていますし。でも、日本のいいところも沢山あると思うので、これから研究の活力で負けないよう、頑張っていきたいですね。

 

博士課程在学中の経済基盤

Q. 博士課程進学を決めた段階では、その先の進路のイメージはありましたか?

A. これ、とハッキリ決めてはしていなかったです。でも、研究で頑張っていれば、どこかに行けるだろう、就職はあるだろう、と思ってました。実際に最近は博士の求人も多くなってきていると思います。
ちょうど、自分がM1のタイミングで修士博士一貫のリーディング大学院Green Asia Programが始まったので、そのコースに入りました。Green Asiaから奨学金がもらえるようになったので、学部・修士と日本奨学生機構から貰っていた奨学金(借金)がそれ以上増えずに済む、というのはかなり有り難かったですね。
ただし、仮にGAの奨学金がなかったとしても、学振(学術振興会の特別研究員制度)や他の奨学金もあると指導教員の先生から聞いていましたので、やはり進学していたと思います。

 

大学教員となる今後の抱負

Q. 博士号取得の翌月から九大の教員として勤務しますが、抱負を聞かせて下さい。

A. これまでも博士学生として下級生を指導はしていましたが、教員という立場になるので、今後はもっと主導的にやっていこうと思ってます。例えば、研究室内で勉強会を催したり、研究のモチベーションを上げていく方策を練ろうと思います。

 

Q. 研究の面ではどうでしょうか?長期的な目標ありますか?野望とか?

A. 今の研究は限られた材料に話を絞っているので、今後はもう少し普遍的に通用するような、大きなテーマを扱いたいな、と密かに思ってます。

 

Q. その分野を大きく変えるようなインパクトがある研究?

A. 僕がいるのは金属材料の分野なんですが、最近は、複合材料、有機系材料の方が社会的にはかなり脚光を集めている側面があると感じています。ですから、金属の材料としての良さを引き出せるような何かブレークスルーができればと思います。金属はまだ担える場所は大きいと思うので。

 

指導教員より

九州大学大学院総合理工学研究院 教授 西田 稔

西田先率いる結晶物性工学研究室へのリンクはこちら

若手教員・研究者として学びや研究の楽しさを後輩に伝えてほしい

 当研究室で行っている研究は結晶性材料、とりわけ、金属材料の構造・組織解析であり、古くは金相学と呼ばれていました。易者が手相や人相を観ることと同じように、金属の表面や内部組織の特徴から製造履歴、熱履歴、さらには物性との関係を理解し、それを基に組織を制御して特性の向上や新機能の創出を図る学問分野です。
  私が尊敬する大先輩の研究者の言葉を借りると「金相学とは金属との会話を楽しむ学問である」と言うことになります。本人も述べていますが、赤嶺大志君は学部4年から博士課程修了まで、種々の電子顕微鏡を使って実に楽しげに金属と会話しながら、その素顔に迫る“ささやかな真実”を探求する研究に取り組み、多くの成果を挙げました。その間にGreen Asia Programによる経済的サポートや日本学術振興会の若手研究者海外派遣プログラムによる長期海外留学は、巡り合せとは言え幸運なことであり、両プログラムによって様々なことを経験したことが研究者を志す一因になったようです。
  金属材料と人間の関わりは4000~6000年にも及びますが、金属学には未知の領域が多く残されています。赤嶺君には研究者としてその一角を切り拓くとともに、本学の教員として自らの体験を通して、学びや研究することの楽しさを後輩たちに伝えてくれることを期待しています。

 最後にこの拙文を読んでいただいている学部、修士課程の皆さんへ一言です。博士課程に進学すると就職の機会を失うと言われてきましたが、最近は博士学生の求人も増えています。事実、赤嶺君と同期の当研究室の博士修了生は難無く大手鉄鋼メーカーの研究職に就くことができました。博士課程は学部・修士課程では経験できない様々な事柄を通して研究者・技術者としての知識や能力の幅を拡げるところであり、決して就職の選択の幅を狭めるところではありません。研究が好きで楽しいと思う人は博士課程進学を人生の選択肢の一つに加えてください。