東日本旅客鉄道株式会社 岩井 雄志さん のインタビュー

研究以外の部署でも博士の”研究体験” が活きてくる

東日本旅客鉄道株式会社 岩井 雄志さん 博士(工学)

2016年12月8日 インタビュー

 

  • 2003年4月早稲田大学理工学部建築学科入学
  • 2007年4月九州大学大学院総合理工学府環境エネルギー工学専攻修士課程入学
  • 2009年4月 東日本旅客鉄道株式会社 入社
  • 2011年4月 九州大学大学院総合理工学府 博士後期課程(社会人コース)入学
  • 2014年7月 九州大学 博士(工学)

    聞き手:
    萩島理(九州大学大学院総合理工学研究院教授)

 

JR東日本に勤務しながら総理工の博士後期課程社会人コースに入学し、2014年に博士号を取得された岩井さんに、会社説明会で来学された合間にお話しを伺いました。

学部の頃からドクターは取りたいと思っていた

Q. 岩井さんが社会人で博士課程に進学しようと思ったのは何故でしょう?

A. レアケースだと思うのですが、自分は学部の時点から研究志向が強くて、大学院に入る=ドクターという図式が頭の中にありました。ですから、修士のあと、博士課程にそのまま進学して研究を続けてみようか、という気持ちもあったんですが、色々考えを巡らせた結果、一度まず社会に出て色んな世界を見るのもいいかな、というところに落ち着きました。

  就職を選んだんですが、自分の中長期的なゴールは研究にあって、先々は社会人でドクターを取ろう、という気持ちはずっと持っていましたね。

 

Q. 自分はレアケースだ、とおっしゃいましたが、ドクターを取りたい、という気持ちが学部の頃から強かった理由はなんでしょうか?

A. これは家庭環境が大きいかもしれません。父が大学の教員でしたから。これまで、大学の友人の中でそういうドクター志向を持っている人は殆ど居なかったんです。

社会人で博士課程に入学するタイミング

Q. 考えた末に就職を選んで、会社に入社してみてどうでしたか? 研究に関連する部署に配属されましたか?

A. 実は入社して社会人博士課程に入るまでの間の2年は研究とは全く違う仕事でした。鉄道の駅舎の設計や発注、工事監理など、まさに鉄道に関連する建築を創っていく、そういった現業の仕事です。それはまた楽しいところも多かったですね。 会社によっては入社した時点の事業所や部署で定年までずっと働く、ということもあると聞きます。でも私の会社では、総合職のカテゴリで採用された場合は比較的部署の異動がある、という事は分かった上で入社したので、最初の2年間が研究と遠い仕事でもそれは織り込み済みでした。

 

Q. 社会人の3年目で博士課程に入学した訳ですが、そのタイミングはどういうところで決まったんでしょうか?

A. 私の働いている会社にはかなりしっかりした研究所もあるのですが、社員全体から見れば研究志向の強い自分のような人間はかなり少数派だと思います。そして、先ほど言ったように、比較的部署の異動がある会社ですから、入社して早い段階でドクターを取る事で自分の個性を周囲の人に分かってもらった方がいい、と考えていました。

 かなり年を取ってからドクターを取ろうと思えば、修士の時の研究の再開、という訳にもいかなくなるので、社内で研究の部署にいないと難しいかな、と思ったので、取るなら早いほうがいいと思いました。

 

Q. 早く取るといっても入社してすぐに社会人博士に入学、という訳にはいかないですよね?

A. そうですね。まずは会社の仕事が本務ですから。修士修了してから2年間の間は、意識して研究の情報には触れていましたが、それでも博士に入ってみると前やっていた事を思い出すのには難しいところもありました。自分が前に書いた文章やプログラムのコードを見ても、それに至った経緯をさっぱり思い出せなかったりしましたね。そういう意味では、修士からそのまま博士に進学して研究を継続する方が、圧倒的に早くて楽だと思います。

 

業務、資格試験の勉強、博士論文執筆の両立

Q. 会社の仕事との両立は大変でしたか?

A. 私の場合は、一級建築士という資格を取るというのが会社としてのMUSTだったので、それを蔑ろにしてドクター取ります、というのはできなかった。

 

Q.一級建築士には合格しましたか?

A. 無事、ドクタ-取得の2年前くらいに取りました。会社の業務で必須の取るべき資格をとってないのに、自分が取りたい博士号を先に取る、ということはやはりないな、と思っていました。

 

Q. 通常の勤務に加えて、資格試験の勉強と博士の研究や論文の両方を同時並行だったというのは、大変だったでしょうね。

A. 空き時間を見つけてはずっと勉強か研究をしてました。朝早く会社に行ってやる、電車の移動中でやる、とか工夫して。でも、研究で頭を使うときは、まとまって何時間か続けないとうまく思考や文章が繋がらなかったりするので、短時間で飛び飛びにやるのは効率としては悪かったかもしれません。 ただし、自分にとっては、資格試験は面白いモノでは無かったので、博士の研究はいい気分転換になりました。

 

Q. 社会人博士課程に入学して、博士号を取るまでどのぐらいの時間がかかりましたか?

A. 正規の3年間ではちょっと足りなくて、単位取得済み退学、という事になり、そのすぐ後に論文を仕上げて審査してもらい、無事 4 ヶ月後に博士号の学位をもらいました。

 

Q. 東京の会社で勤務しながら、九大の博士課程の学生だった訳ですが、どの程度の頻度で研究室に通いましたか?

A. それほど頻繁ではなかったです。実家が鹿児島、親戚も福岡県だったので、帰省を挟みつつ長い連休には必ず、という感じでした。週末や休日でも先生は研究室に出てきて下さって、ありがたかったですね。また、指導教員の先生が仕事で頻繁に上京されていましたので、その際に研究打ち合わせのため時間を作って下さったり、先生が出席する学会の委員会に自分も参加させてもらったりしていました。
 研究テーマが何か装置を使った実験だった場合なら、研究室に相当な時間居る事は必須になるので、遠方の社会人では難しいと思いますが、幸い、私のテーマはコンピューターシミュレーションだったので、東京に居てリモートで研究室のサーバーを使わせてもらって、自分の計算を走らせていました。

 ですから、福岡の研究室で先生と直接顔をつきあわせる時間があまり取れなくても、きちんと定期的な報告とdiscussionで研究は進められました。

 

先々社会人で博士を取ろうと考えている人は修士の段階で
業績を作っておくとよい

Q. 岩井さんは修士課程で幾つも査読付きjournal paperを書いてましたよね?

A. はい。自分は修士課程の時からドクターを取る事を目指していたので、修士の頃から出来るだけ研究成果を出してpaperにまとめてjournal に投稿して業績を上げよう、と意識はしていました。指導教員の先生もそれを踏まえて当時よくアドバイスして下さっていました。
 修士のときに作り込んだ数値シミュレーションのモデルやコードを核にして、それを継続発展させたものが博士論文のベースになっています。自分が就職して2年間で自分の後を継いだ学生さんが研究を進めていたので、その結果を反映させてまた数値シミュレーションの条件や仮定を見直したり、計算のケースを追加したり、という作業をコツコツやっていきました。
社会人博士でゼロから新しい研究をスタートする人に比べると、かなり恵まれていたと思います。
 もし、今の修士課程修了後に、就職してその後で社会人でドクターを取ろうと思っている人がいたら、是非、修士の時にしっかり頑張って業績を作っておくことをお勧めしますね。また、指導教員の先生にも早い段階でそのビジョンを伝えておくとよいと思います。

 

Q. 仕事をしながら博士を取るという事で、勤務先の会社は何か配慮してくれましたか?

A. 会社の業務に支障をきたさない形でやります、学費も自分で出します、という事で社会人博士のコースに入ったので、業務は完全に通常通りでした。週末など仕事以外の空き時間に集中して博士の研究をやる、という感じでした。

 

Q. ドクターを取った後の会社の反応はどうでしたか?

A. 仕事に迷惑をかけず自分の余暇の範囲内でやります、という事で博士に入学したのですが、ドクターをとったときの社内の反応・反響は私の予想以上で、支社長への報告の機会・本社での成果発表、社内誌へ掲載されました。会社としても今後は博士号取得者を増やしていこうという考えはあるようです。
 仕事については、今年の6月に部署が変わったのですが、今回も研究畑ではないですね。長いスパンで自分のキャリアの方向は考えていけばよいかな、と思います。

 

社会人がドクターを取る意味: ロジカルシンキングを身につける

Q. 研究開発ではない部署で勤務していても、博士号をとった事が役に立つ場面はありましたか?

A. 私は鉄道、駅舎に関連する開発案件などを担当すると、自治体との協議が必要になる事が結構あります。
都庁、県庁、市役所などの部課長級の人がいる場に30歳前半の自分が会社の渉外担当として出て行くと、なんだ若造か、と思われそうなところですが、ドクターを持っていることで、博士のトレーニングを受けて学位を取得したという自分の身元、アカデミックのバックグランドを分かりやすく示す事ができているように思います。

 

Q. それ以外には、一般的に企業で働く際にドクターのトレーニングが活かせてるな、と感じる事はありますか?

A. それは勿論です。ドクター然り、修士の教育もとても重要だと思います。

 例を挙げますと、私は最近会社説明会等で大学を訪問して、学部や修士の学生さんと一対一で話す機会がありますが、話の内容の論理性、整合性、スピード感というのは、修士の学生さんは学部生の方を圧倒的に上回っているな、という印象でした。
 会社説明会等の際に、自己アピールしようと思って一生懸命自分の思いばかりを語っていると、だんだん話の前後の脈絡がおかしくなったり、不整合な点がでてくるものです。そうした点を突く質問を受けたとき、うまく論理的にバランスよく相手を説得するようなリアクションがとれるかどうか、という事をこちらは見る訳です。
 こうした場面では会話はよどみなく続くので、瞬時に反応してうまく適切に喋るためには、ロジカルシンキングが染みつくまでトレーニングされてないと、対応できないですよね。
そのトレーニングには、まさに研究することが有効だと思います。

 

Q. なるほど。大学の教員には思いも寄らない話でしたけど、大いに頷けますね。

A. 博士課程で勉強してドクターを取る、という事になれば、修士の何倍ものボリュームの研究をやって、さらに幾つもある研究の要素を、体系的に組み立てて一つの論文にまとめるという事なので、修士からすると更に上位のトレーニングだと思います。
 会社の業務では、幾つもの煩雑な仕事が相互に繋がって同時に進んでいきます。自分の決断がプロジェクトの行方を左右してしまう事もある。そうしたなかで、大局観をもって総合的にモノを考える、各所を調整する、スケジューリングして、解決に繋げて行くには、まず基本的なロジックが必要になります。そういう点では研究は、関連する色んな物事をよく観察して、仮説を立てて、筋道を明らかにしよう、という行為ですから、求められるスキルは同じですね。勿論、大学院に行かずともそうしたスキルを自然に身につけてしまっている優れた人もいますけど。

 

Q. 非常にうまい説明で感心させられました。大学人にとっては、研究をする事は食事をするように当たり前の営為で、研究という経験がもたらす社会生活における普遍的な価値を考える事はあまり無いのですが、これは大事な事ですね。

A. 就職に有利だから、という程度の考えで修士まで行く学生さんも一部に居ると思いますが、実際には、修士や博士で研究する、というのは強制的にロジカルシンキングのトレーニングをさせられる、という事だと思います。
 ですから、総理工の後輩になる学生さんたちにも、今やっている研究は、仮に研究と違う仕事を将来する場合であっても絶対に財産になるよ、と言いたいですね。

 

Q. 私は岩井さんが修士課程に入学してきた時から指導教員の1人として接してきたのですが、今日の話を聞いて、思わぬ九大総理工の教育の果実を見る事ができたような気がします。今日はどうもありがとうございました。

 

指導教員より

九州大学大学院総合理工学研究院 谷本潤教授

谷本先生の研究室はコチラ

細部を知るジェネラリストとして活躍してほしい

彼は東京にある有名大学から修士課程の時に我が研究室にやってきた。籠球を学生時代にやっていたらしく、なるほど偉丈夫である。学部の出身研究室の特徴もあってか、万事にそつなく、研究内容の見せ方、説明の仕方は、最初から上手だった。この美質はくせ者で、ともするとテーマは軽佻浮薄に流れ、十を百に膨らました態の研究に堕しやすい。が、彼は違った。熱負荷計算、居住者行動の確率モデル、シミュレーション・・・一つ一つの積み上げを厭わなかった。研究者向きの質を垣間見た。修士を終えて、就職するという。手回しよく自分で全て決めてきた。行く先は、建築に限局せず、外に向かって拡がってゆく、いかにも彼の全能性に合いそうな会社だった。父君から懇篤な書簡を頂いた。その後、本人から社会人博士を取りたいと言うてきた。無事、学位を取った。無論、細部には紆余曲折があって、話は丸めている。万事そつなく優秀な学生が修士修了後に名の知れた大企業に就職していく・・・一方で未知を明らかにする探求心を失わない・・・私は彼に社会人博士課程の良き典型例(アーチタイプ・モデル)を見ていた気がする。雑な知識しか持たぬスペシャリストは論理破綻しているが、委細を知りながら全体を統合出来るジェネラリストは尤も望まれる稀な人材である。彼にはそんな活躍をして、社会貢献してほしいと念じている。