九州大学大学院総合理工学府 環境エネルギー工学専攻 博士課程3年 道端 拓朗さん からのメッセージ

アイデアを形にできた瞬間が一番嬉しい

九州大学大学院総合理工学府

大気海洋環境システム学専攻 博士課程3年 道端 拓朗さん

 

研究室生活を振り返ってみて

私はこれまで、大気中に浮遊するエアロゾルが雲・降水特性を変調させることにより、気候にどのような影響をもたらすかについて研究を進めてきました。学部時代は長崎大学で過ごし、エアロゾルの気候影響について衛星観測の観点から研究してきましたが、大学院ではさらに数値シミュレーションの観点からアプローチしたいという思いから、エアロゾル・気候モデリングの権威である竹村研究室の門を叩いたのが、九州大学での研究の始まりでした。

 学部時代に雲・降水過程の観測研究をしていた経験を活かし、修士・博士課程ではそのモデリング手法を精緻化していく方針で、修士課程入学後の早い段階から研究テーマを頂きました。本当はすぐにでもモデル開発に取り組むはずでしたが、私の興味で、まずはモデルが抱えている現状の問題点を観測データから明らかにした上でモデル開発に進みたい、という非常に頑固な気持ちがあり、博士課程2年になる頃までは観測とモデルの比較にかなりの時間を割きました。竹村先生は、学生の自主性を尊重した指導方針をお持ちで私の提案を見守って頂きましたが、本来の博士課程での主テーマはモデル開発でしたので、当時はかなり我慢をされていたと思いますし、ご心配をおかけしたと思います。

 しかし、この「寄り道」がうまく実を結びました。気候モデルコミュニティでは以前から、エアロゾルの増加は降水生成の抑制効果により、単調に雲寿命を延ばすものとして取り扱われていましたが、現実大気ではこれとは正反対のプロセスも併せ持っていることを、衛星観測の解析結果から実証することに成功しました。これは、エアロゾルに対する雲の「耐性」をモデルがうまく表現できていないことを示唆する結果ですが、ほぼ全ての気候モデルに当てはまることなので、国内外からの反響が予想以上に大きかったです。この成果は査読論文だけでなく、日本気象学会での招待講演として成果発表させて頂くなど、思い入れの深い貴重な経験になりました。

 上記の成果は、観測とモデルの矛盾の根源を理解する上で重要な情報となるため、その後の雲・降水モデリングの改良に非常に役に立ちました。長い時間を費やしてしまいましたが、雲と降水の相互作用をより現実的に表現する新しい手法を開発し、気候モデルに実装することができました。

 私は幸い、博士課程を半期短縮で卒業することができたのですが、これは私の能力が優れていたわけでは全くありません。いい先生・仲間・スタッフに囲まれて育てて頂いた結果であり、いい環境に恵まれたことに感謝するばかりです。

博士課程の醍醐味と教訓

 博士課程では、専門知識の理解も深まり、研究にも少しずつ幅が出てくる時期だと思います。大きな国際学会などに出ると、その分野の大御所や論文でよく見かける活躍中の若手研究者も来ていることが多いです。私は、そうした憧れの研究者を見かけては、隙を見つけて積極的にコンタクトしていたこともあり、たくさんの人脈ができました。そのような自分の専門に近い研究者からは、困った時に知恵を貸して頂くこともありますし、コメントを求められることもよくあります。自分が少しずつ研究者コミュニティの中で居場所ができる実感を持つことができ、自分のアイデアを世界に発信できることは、博士課程での大きな醍醐味の一つだと思います。

 博士課程は3年間あるので、計画次第で自由に様々なことにチャレンジできると思います。ですが、正直あっという間です。私は海外の研究所への短期渡航を考えていましたが、モデル開発に取りかかるのが遅れた焦りもあり、結局後回しになってしまいました。振り返ってみての教訓としては、自己管理(研究の短期・中期・長期的なスケジュール管理)と早めの対応を常に意識することだと思います。博士課程に進学すると、共同研究における役割も増えてきたり、査読依頼も突然やってきたりして、なかなかスムーズに自分の仕事に専念できないこともあります。卒業年次が近づいてから焦らないためにも、定期的に研究計画を見直すことが大切だと思います。私の場合は、自分の実際の在籍年次よりも1学年上だと意識して修士の頃から研究に取り組んできましたが、それでもやはり、成果がなかなか出ないまま足踏みすることはよくありますので、研究方針の見直しや軌道修正を自力でできる能力も必要です。

修士課程・博士課程進学を検討している後輩へ

 私のように修士課程で他大学から編入学する人や、あるいは博士課程から所属研究室を変更する人もいると思います。もし進路に悩みがあるなら、百聞は一見に如かずで、アポイントを取り研究室訪問に行ってみることを強く推奨します。進学し、研究室配属後になって「こんなはずではなかった」「先生や先輩とうまくいかない」という悩みを持つ人が意外にもかなり多く、研究室訪問をせずに進路を選ぶ人に多い傾向があるように感じます。博士の学位を目指すということは、指導教官は自分の研究者人生の原点となる人なので、慎重に考えないまま進学するのは非常に危険です。また、所属学生からも話を聞いて、研究室の雰囲気を肌で感じておくことが、進路選択の上で大事だと思います。私は、学部生の頃に研究室訪問をして、先生や先輩方と直接お話やメールでのやり取りを重ねていました。その時に、この研究室なら自分のやりたい研究ができ、きっと成長させてもらえるという確信が得られたので、進学後は辛い時でも頑張ることができたのだと思います。

 私は修士課程入学時から、博士課程まで進学する意思をある程度固めていましたが、不安は常にありました。自分の能力で、研究業界で生きていけるのだろうかという不安と、経済面での不安です。そうした時に、研究室OBの先輩から、「自分が全力で取り組んだ結果には、たとえ成果が出なくても後悔はしない。チャレンジしたいなら、したらいい」という言葉を頂き、進学を決意しました。実際に博士課程で様々な経験してきた先輩からの言葉には、重みがあります。自分の悩みも、親身に相談に乗ってくれるはずです。先輩方から話を聞かせてもらい、覚悟を持って進路を選ぶことが大切だと思います。

 修士・博士課程に入学したら、たくさん勉強してほしいです。1日の時間の大部分を自分のために費やすことができるのは、若い今だけだと思います。もちろん、遊びからも多くのことが得られますが、自ら能動的に学ぶ勉強からは圧倒的に多くの知識が得られ、自分の身に付くことが多いように思います。勉強も趣味も、思いっきり楽しんでください。

 全力で取り組めば、きっとその人なりに納得の行く道が拓けるのが博士課程だと思います。人生1度きりなので、不安定で激動にもまれながらも、自分の好きなことで勝負できる研究の世界に飛び込むという選択肢も、おもしろい人生ではないでしょうか。