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卒業生・在校生の声

達成感と新しいことを理解することに面白さ

九州大学大学院総合理工学府

量子プロセス理工学専攻 光エレクトロニクス研究室 博士課程

卒業年度:2016年  外薗 裕仁さん

[就職先:パナソニックデバイスSUNX株式会社]


博士課程に進学した理由

Q. 博士課程に行こうと思ったのはいつでしたか?

A. 意識し始めたのは修士1年の終わり頃です。私は研究が好きで、修士で行っていた小型呼気センシングデバイスの研究を行う中でシミュレーションやデバイス作製方法、評価方法などを積極的に学んでいきました。研究成果が出るにつれて、もっと時間をかけて研究に取り組むことで、小型呼気センシングデバイスを実現させたいと思い、博士課程への進学を決めました。

Q. 修士課程修了の多くの人が就職を選ぶ中で敢えて博士に進学することに迷いはなかったですか?

A. 就職をするか進学をするか迷っていた時は、他の人が就職活動をどんどん進めているところを見て、自分の就職活動は大丈夫なのか不安になり、迷うことがありました。その中で、進学も含めて進路を考えることで、自分はもっと研究を続けて成果を出したいと感じて進学を決めました。これにより、自分が進学することに迷いがなくなりました。

博士課程に修了後の進路

Q. 博士進学を決めた時点では、その先の進路についてイメージはありましたか?

A. 研究を行っていたセンシングデバイスに関係のある企業に就職して、研究を続けることで、その成果を商品として世の中に出していきたいと思っていました。

Q. 進路として企業を選んだのはなぜでしょう?

大学の研究の中で、自分一人で進めることが多かったのですが、自分の力だけではどうしても限界があることを感じました。そのため、企業に入ってチームで研究や商品の開発を行い、目標を達成していきたいと思ったからです。

博士課程学生の会社選びとの就職活動

Q. 自分の専門がある中で、どんな方針で会社を選んだのでしょうか?

A. 呼気センシングデバイスの研究を行っていく中で、学んできたセンサーや電気回路、プログラムなどの研究以外のことを活かして商品を開発できるような会社を選びました。会社でも研究をしたいとは初めは考えていましたが、それは難しいとも感じていました。しかし、研究で試作デバイスを作成していくうちに、新しいものを世の中に出していきたいと思い、センサーや様々な商品を開発している会社を選びました。

Q. 会社へのアプローチの方法など、博士の就職活動は修士とは違いますか?

修士の時は、興味のある会社のエントリーシートを提出して面接を受けることが多かったです。しかし、博士の時はリクルータの方や会社の人事の方と連絡をとって、様々な話を聞いた入り、会社の見学をさせていただきながら就職活動を行いました。研究ばかりしていたため、研究の分かりやすい説明や会社でどの様に役立てるかなど説明がうまくできず、苦労しました。

博士課程で研究することの魅力

Q. 研究の面白さってどんなところにあると思ってますか?

A. 新しいことを実現させるために、様々なことを検討・実験を繰り返すことで、少しずつ進歩することを感じるところにあると思っています。研究を進めていく中で、問題が発生したりして成果が出ず、辛い思いをしたことも多いですが、それを乗り越えた時の達成感と新しいことを理解することに面白さを覚え、続けてくることができました。

Q. 自分の研究についてはどうですか?

A. 小型呼気センシングデバイスの研究を始めた時は、測定ができるデバイスが作成できず、デバイスの評価やシミュレーションが多く、あまり進めることができませんでした。しかし、小さな成果の積み重ねで、気体を測定するデバイスを作成し、気体計測を実現することで、呼気センシングに一歩近づけた時はとても嬉しくなりました。

Q. 修士や学部の後輩たちに博士課程への進学をお薦めできますか?

A. 研究に自分なりの面白さを感じている人には薦めたいと思います。博士課程では修士課程に比べて研究に対する要求が高く、国際学会での発表や論文投稿などが必要となるため、とても大変な思いをすることがあります。しかし、研究に対して面白さを感じることができれば、頑張ることができます。これを乗り越えることができれば、とても大きな成長につながると思います。

 


 

アイデアを形にできた瞬間が一番嬉しい

九州大学大学院総合理工学府

大気海洋環境システム学専攻 博士課程3年 道端 拓朗さん


研究室生活を振り返ってみて

私はこれまで、大気中に浮遊するエアロゾルが雲・降水特性を変調させることにより、気候にどのような影響をもたらすかについて研究を進めてきました。学部時代は長崎大学で過ごし、エアロゾルの気候影響について衛星観測の観点から研究してきましたが、大学院ではさらに数値シミュレーションの観点からアプローチしたいという思いから、エアロゾル・気候モデリングの権威である竹村研究室の門を叩いたのが、九州大学での研究の始まりでした。

 学部時代に雲・降水過程の観測研究をしていた経験を活かし、修士・博士課程ではそのモデリング手法を精緻化していく方針で、修士課程入学後の早い段階から研究テーマを頂きました。本当はすぐにでもモデル開発に取り組むはずでしたが、私の興味で、まずはモデルが抱えている現状の問題点を観測データから明らかにした上でモデル開発に進みたい、という非常に頑固な気持ちがあり、博士課程2年になる頃までは観測とモデルの比較にかなりの時間を割きました。竹村先生は、学生の自主性を尊重した指導方針をお持ちで私の提案を見守って頂きましたが、本来の博士課程での主テーマはモデル開発でしたので、当時はかなり我慢をされていたと思いますし、ご心配をおかけしたと思います。

 しかし、この「寄り道」がうまく実を結びました。気候モデルコミュニティでは以前から、エアロゾルの増加は降水生成の抑制効果により、単調に雲寿命を延ばすものとして取り扱われていましたが、現実大気ではこれとは正反対のプロセスも併せ持っていることを、衛星観測の解析結果から実証することに成功しました。これは、エアロゾルに対する雲の「耐性」をモデルがうまく表現できていないことを示唆する結果ですが、ほぼ全ての気候モデルに当てはまることなので、国内外からの反響が予想以上に大きかったです。この成果は査読論文だけでなく、日本気象学会での招待講演として成果発表させて頂くなど、思い入れの深い貴重な経験になりました。

 上記の成果は、観測とモデルの矛盾の根源を理解する上で重要な情報となるため、その後の雲・降水モデリングの改良に非常に役に立ちました。長い時間を費やしてしまいましたが、雲と降水の相互作用をより現実的に表現する新しい手法を開発し、気候モデルに実装することができました。

 私は幸い、博士課程を半期短縮で卒業することができたのですが、これは私の能力が優れていたわけでは全くありません。いい先生・仲間・スタッフに囲まれて育てて頂いた結果であり、いい環境に恵まれたことに感謝するばかりです。

博士課程の醍醐味と教訓

 博士課程では、専門知識の理解も深まり、研究にも少しずつ幅が出てくる時期だと思います。大きな国際学会などに出ると、その分野の大御所や論文でよく見かける活躍中の若手研究者も来ていることが多いです。私は、そうした憧れの研究者を見かけては、隙を見つけて積極的にコンタクトしていたこともあり、たくさんの人脈ができました。そのような自分の専門に近い研究者からは、困った時に知恵を貸して頂くこともありますし、コメントを求められることもよくあります。自分が少しずつ研究者コミュニティの中で居場所ができる実感を持つことができ、自分のアイデアを世界に発信できることは、博士課程での大きな醍醐味の一つだと思います。

 博士課程は3年間あるので、計画次第で自由に様々なことにチャレンジできると思います。ですが、正直あっという間です。私は海外の研究所への短期渡航を考えていましたが、モデル開発に取りかかるのが遅れた焦りもあり、結局後回しになってしまいました。振り返ってみての教訓としては、自己管理(研究の短期・中期・長期的なスケジュール管理)と早めの対応を常に意識することだと思います。博士課程に進学すると、共同研究における役割も増えてきたり、査読依頼も突然やってきたりして、なかなかスムーズに自分の仕事に専念できないこともあります。卒業年次が近づいてから焦らないためにも、定期的に研究計画を見直すことが大切だと思います。私の場合は、自分の実際の在籍年次よりも1学年上だと意識して修士の頃から研究に取り組んできましたが、それでもやはり、成果がなかなか出ないまま足踏みすることはよくありますので、研究方針の見直しや軌道修正を自力でできる能力も必要です。

修士課程・博士課程進学を検討している後輩へ

 私のように修士課程で他大学から編入学する人や、あるいは博士課程から所属研究室を変更する人もいると思います。もし進路に悩みがあるなら、百聞は一見に如かずで、アポイントを取り研究室訪問に行ってみることを強く推奨します。進学し、研究室配属後になって「こんなはずではなかった」「先生や先輩とうまくいかない」という悩みを持つ人が意外にもかなり多く、研究室訪問をせずに進路を選ぶ人に多い傾向があるように感じます。博士の学位を目指すということは、指導教官は自分の研究者人生の原点となる人なので、慎重に考えないまま進学するのは非常に危険です。また、所属学生からも話を聞いて、研究室の雰囲気を肌で感じておくことが、進路選択の上で大事だと思います。私は、学部生の頃に研究室訪問をして、先生や先輩方と直接お話やメールでのやり取りを重ねていました。その時に、この研究室なら自分のやりたい研究ができ、きっと成長させてもらえるという確信が得られたので、進学後は辛い時でも頑張ることができたのだと思います。

 私は修士課程入学時から、博士課程まで進学する意思をある程度固めていましたが、不安は常にありました。自分の能力で、研究業界で生きていけるのだろうかという不安と、経済面での不安です。そうした時に、研究室OBの先輩から、「自分が全力で取り組んだ結果には、たとえ成果が出なくても後悔はしない。チャレンジしたいなら、したらいい」という言葉を頂き、進学を決意しました。実際に博士課程で様々な経験してきた先輩からの言葉には、重みがあります。自分の悩みも、親身に相談に乗ってくれるはずです。先輩方から話を聞かせてもらい、覚悟を持って進路を選ぶことが大切だと思います。

 修士・博士課程に入学したら、たくさん勉強してほしいです。1日の時間の大部分を自分のために費やすことができるのは、若い今だけだと思います。もちろん、遊びからも多くのことが得られますが、自ら能動的に学ぶ勉強からは圧倒的に多くの知識が得られ、自分の身に付くことが多いように思います。勉強も趣味も、思いっきり楽しんでください。

 全力で取り組めば、きっとその人なりに納得の行く道が拓けるのが博士課程だと思います。人生1度きりなので、不安定で激動にもまれながらも、自分の好きなことで勝負できる研究の世界に飛び込むという選択肢も、おもしろい人生ではないでしょうか。


 


 

機械や技術を通して、人々の幸せや社会の発展に貢献したい

九州大学大学院総合理工学府

環境エネルギー工学専攻 博士後期課程2年 松尾叔美さん

九大広報85号, p.11-12 (H.25年1月発行) より転載

 

 


「CO2ヒートポンプ」の熱伝達の高性能化を目指す。

地球温暖化が進むなか、その対策として二酸化炭素(以下、CO2)排出量の削減や省エネルギー化が地球規模で推進されています。電化製品の開発においても重要なファクターの一つです。
今回ご紹介する松尾叔美さんは、地球温暖化係数が極めて低い自然冷媒・CO2を用いた「CO2ヒートポンプ給湯システム」の研究に携われています。CO2ヒートポンプ給湯システムは、大気熱を低温熱源として吸熱し湯を湧き上げるので、エネルギー変換効率が良く、従来型のガス給湯器等と比較し、50%以上のCO2排出量の削減が期待できます。なお、本システムはこの10年間で300万台以上普及しています。

しかし、深夜電力を利用し長時間かけて給湯を行うため、熱交換器内での給湯用水の流量が少なく、流れが層流になることから、熱伝達性能が低下してしまうという問題点がありました。

一方で、水を撹伴すると熱の伝わりやすさが向上されることがわかっており、ここに着目した松尾さんは、少ない流量でいかに効率よく攪拌して、伝熱性能を高めるかという研究に取り組んでいらっしゃいます。

 

 

 

CO2の代わりに水を使った新しい実験方法も提案

また、ヒートポンプ給湯機は、圧力が高いため安全性や作業性に問題がありました。さらに、耐圧を考慮しなければならないため実験装置も高額になります。このような背景から松尾さんは、高圧であるCO2の代わりに水をCO2模擬流体として使う新しい実験方法も提案しました。
「研究にあたっては、実験装置から自分で作っていますので、専門分野だけでなく、すべての測定機器に精通しておかなければなりません。また、配管も自分で設計しているので、機械設計から材料、流体工学まで幅広い知識が必要になり、最初は大変でした」とのことです。

現在は、CO2をCO2模擬流体の水で代用した新しい実験方法により伝熱促進効果を調査するための実験を進めると同時に、提案した新しい実験方法の有用性を確認する実験も実施しているとのこと。その成果は、学会で優秀講演賞を受賞するなど高い評価を受けています。

早く専門知識を学びたい。思いを貫き工業高校へ。

松尾さんは、女性では珍しく工業高校のご出身です。
「父が九大機械工学科出身でエンジニアだったので、お風呂の栓を抜く時の水の動きで流体力学の説明をしてくれたりしていました。常に好奇心を育める家庭環境だったんです。それで、少しでも早く専門の勉強をしたいと思うようになり、高校は周囲の反対を押し切って工業高校へ進学しました」
その後、大学は佐賀大学の理工学部に進学。大学院から、熱工学及び冷凍・空調分野で著名な本学の小山繁教授に指導を受けています。

全力で研究を続けていれば、少しずつ光が見えてくる。

「あらゆる分野の生産過程において、何らかの機械が使用されていて、人々の生活を支えています。それは、ものづくりに携わりたい人にとって魅力的なことです。誰かと張り合うのではなく、自分の力を出し切ることだけ考えて前に進めば、きっと光が見えてくると信じています」と松尾さん。今後も社会に貢献できる成果が期待されます。

* 層流:流体の隣りあう部分がまざりあうことなく、流線が規則正しい形を保つ流れのこと。

 


指導教員より

九州大学大学院総合理工学研究院

エネルギー物質科学部門 小山繁 教授

小山先生の研究室はコチラ

将来は、ヒートポンプ技術開発の第一線で活躍してほしい。

良く体を動かし、頭を使い、困難な課題に取り組んでいます。実験的研究を推進する上では、どのような実験装置を作るかと、実験結果の整理・分析が研究の成否を左右しますが、松尾さんは自らアイデアを出し試作と失敗を繰り返しながら、これまでに誰も考えなかったユニークな実験装置を製作しました。実験結果の分析においても、仮説に基づき工学的な有用性を得ています。機械工学の分野は、あらゆる技術の発展にとって極めて重要な基盤技術の一つです。また、松尾さんが取り組んでいる伝熱研究は、今後エネルギー環境問題を克服する上で、重要性を増すヒートポンプ技術の進展に貢献できる課題です。女性では珍しい工業高校から大学、大学院に進むなかで、彼女は自分の意志を貫く実行力を身につけてきたようです。将来は日本を代表する研究者になってほしいですね。また、世界のヒートポンプ技術開発の第一線で活躍してほしいと思います。


 


 

研究は宝探しみたいなもの、それが存分にできるのが博士課程

九州大学大学院総合理工学府

Green Asia Program 修了, 博士(工学) 佐藤 幹さん

2017年 3月29日 インタビュー

  • 2008年4月 九州大学工学部エネルギー科学科入学
  • 2012年4月 九州大学大学院総合理工学府環境エネルギー工学専攻入学
  • 2012年12月 修士博士一貫コース Green Asia Program編入
  • 2017年3月 九州大学 Green Asia Program修了, 博士(工学)
  • 2017年4月 三菱電機 入社

    聞き手:
    萩島理(九州大学大学院総合理工学研究院教授)

「研究をもっと続けたい、それがシンプルな博士進学の動機でした

Q. 博士課程に行こうと思ったのはいつでしたか?

A. 学部2、3年の頃から、沢山の科目の中で特に流体力学が好きでした。でも、4年生の時点までは殆ど博士課程進学のことは考えた事はありませんでした。
修士1年になって、徐々に研究の中身が理解できるようになってきて、自分の研究テーマは研究室としてはノウハウの蓄積が少ない測定装置・測定手法を使うもので、納得いく答が出るのには結構時間が掛かりそうだけど、それで結果が出ればきっと面白い、と思うようになりました。今の研究もう少しじっくり続けたい、それが博士に進もうと思った理由ですね。

修士修了で就職した同期を見て焦ったことも

Q. 総理工の環境エネルギー工学専攻では、修士課程修了者の就職状況は非常に良いのですが、多くの人が就職を選ぶ中で敢えて博士に進学することに迷いはなかったですか?

A. あまり無かったです。自分がM1の段階で、総理工では修士博士一貫のリーディング大学院Green Asia Programが始まって、修士博士の5年間の生活費や学費をカバーできる奨学金が支給される事も後押ししたと思います。実際には、D1からはJSPSのフェローシップに採択されたので、Green Asiaの奨学金をもらったのは修士の間だけでしたけど。

博士に進学した1年目は、かなり焦りや後悔も感じました。卒業した同期が、社会人になって休暇で研究室に遊びに来るんですが、みんな当然ですが社会人として給料をもらって、世界がすごく広がっているように見えた。自分だけ研究室に居て環境が変わらず、取り残されているようで焦りました。

博士課程修了後の進路

Q. 博士進学を決めた時点では、その先の進路については
イメージはありましたか?

A. その段階では、企業に就職するか、大学の教員の道を目指すのか、

あまりはっきり決めていませんでした。

 

 

Q. 無事、博士号をとって、来月からは企業で働くことになってますね。

A. 三菱電機で空調機製造に関連する研究所で勤務する予定です。現場から上がってくる問題を解決する仕事と、個人で目標を決めてやる独自研究の二種類の仕事があると聞いていますが、その比率はまだ分かりません、でも、学生のときに比べれば、ずっとモノづくりに近い、応用的な研究になります。

 

Q. 進路として企業を選んだのはなぜでしょう?

A. 今でもアカデミックで研究教育の仕事をすることには惹かれる気持ちもあります。でも、自分の性格をよく分析してみて、やはり自分はいろんな専門分野、職種の人と仕事をして、色んな経験をしてみたい、そのためには大学より企業の方が向いているんじゃないか、と思いました。
勿論、ずっと先のことはわかりませんが、好奇心をもって色んな事にチャレンジしたいです。

博士課程学生の会社選びとの就職活動

Q. 佐藤さんの専門は風工学・都市気候学分野で、研究テーマは都市空間、特に建物周辺の風の流れ、乱流に関するものですよね。そうした自分の専門がある中で、どんな方針で会社を選んだのでしょうか?

A. 自分の研究はアプリケーションとして考えると都市居住者の生活の質向上を目指した都市計画など行政の領分になるのかもしれません。企業のビジネスとは縁遠いです。ですから、博士の研究をそのまま続けられる企業、という選択肢は最初から考えませんでしたが、大枠として流体力学に関わる研究ができるところを考えました。

 一口に流体といっても、色んな流れがあって、装置の中のパイプの流れだったり、部屋の中の空気の流れだったり、屋外空間の突風や大気の上空1000mを超える厚みの対流混合層まで、現象は様々です。でも、そうした多様な現象がNavie- Stokes方程式と連続の式という見た目はシンプルな方程式で記述されている、という点に自分はとても惹かれます。

 そんな訳で、流体に関連しているモノづくり、という事から空調機の製造開発メーカーを候補にしました。

 

Q. 会社へのアプローチの方法など、博士の就職活動は修士とは違いますか?

A. 私の場合は全く同じでした。エントリーシートを出して、技術面接を1回受けて、その後に最終面接という流れです。流体に関わる研究開発、という方向性が決まっていて目移りしなかったので、就職活動は実質1週間程度でほぼ終わりました。技術面接の内容は、修士博士の間に何度も経験している学会や中間発表などでの研究のプレゼンと似ていたので、特に準備に困ったりすることもありませんでした。

 

博士課程で研究することの魅力

Q. 佐藤さんは研究の面白さってどんなところにあると思ってますか?

A. 自分は少数派だと思うのですが、実は、本当の研究の面白さが分かるようになったのは、博士に進学してからです。M1の9~12月はイアエステの奨学金でポルトガルの大学に留学しましたし、Green Asia Programのカリキュラムでは通常の1.5倍の単位が必要で、たくさんの授業や学外の研究所でのインターンシップ、2つの研究室で各3か月ラボラトリーローテーションがあったので、あっという間に修士の2年間は終わってしまいました。

 博士の3年間は、答がまだ分かっていない問題にじっくり立ち向かわないといけない、まさに研究にどっぷり漬かる事ができて、それがつくづく贅沢で面白い時間だ、と思いました。

 

Q. 自分の研究についてはどうですか?

A. 振り返れば、もう少しできたんじゃないか、もうちょっと成果出せたんじゃないか、という反省が沢山あります。その反面、これまでによく分かっていなかった問題を自分なりに筋道をたてて整理して、論理的に整理して、解を導くという研究のプロセスの面白さは存分に味わえたと思います。それによって、目に見えないスキルが身についたような気がします。それは、きっと今後の企業で仕事をする際にも大切な資産になると思います。

博士3年は自由に研究できる貴重な時間、宝探しみたいなもの

Q. 修士や学部の後輩たちに博士課程への進学をお薦めできますか?

A. 経済的な面もあるので、無責任な事は言えないですが、博士の3年間は、コストや顧客の要望やクレーム、納期といった企業の研究開発にあるような外的な制約から完全に自由に学問できる、だから本当に面白いよ、と言いたいです。

 勿論、学位取得のために成果を上げなきゃいけない、Journal paperも書かなきゃいけない、という事はあるのですけど、それは純粋に自分の研究を進めるためには必要な悪くないプレッシャーだと思います。

 

A. 博士課程で研究をやるというのは、宝探しみたいなものだと思います。普段は地面を掘って、なかなか見つからないなあ、きついなあ、とか思っているんですが、そうして掘っている間に何か出てきて、それが程度の差はあれ、ちゃんと人を説得できて、確かに論理的に考えてこれは絶対正しいって言えるようなものが見つかる、っていうのが一番自分は嬉しいです。

 普段は結構苦しくて大変な事もあるけれど、どこに何が埋まっているか分からないものを掘り返して、探し回って、その結果、何かを見つけられた時の喜びというのは、他ではなかなか得られないように思います。

 自分は小説など本を読んだり、文章を書いたりするのも好きなので、自分が見付けたものを素材にして文章を書いて、それが論文としてきれいに仕上がる、というのも嬉しいですね。それを人に伝えるという事もあるけれど、自己満足という事もあります。それができた3年間でした。

 これまでの研究テーマからは離れて企業に就職しますが、博士の3年間の宝探しで身に着けた目に見えないスキルを活かしていきたいと思います。

 

指導教員より

九州大学大学院総合理工学研究院 萩島理教授

萩島先生の研究室はコチラ

 

佐藤幹さんのテーマは、研究室としてはまだ十分なノウハウの蓄積の無い新しい計測手法を使ったものでしたが、卒論生の時から博士課程まで、コツコツと取り組んでくれました。結果がなかなか出ないとき、時としてプロセスの各部の粗に目をつぶって結論へと一足飛びに行きたくなるものです。そこをぐっと我慢して、最後まで誠実に研究を完遂してくれたと思います。その試行錯誤は、佐藤さん本人だけでなく、私たち教員、後輩たちにとっても大きな資産です。

企業での研究開発の仕事でも、是非この経験を生かして羽ばたいて欲しいですね。

 


 

研究以外の部署でも博士の”研究体験” が活きてくる

東日本旅客鉄道株式会社 岩井 雄志さん 博士(工学)

2016年12月8日 インタビュー

  • 2003年4月早稲田大学理工学部建築学科入学
  • 2007年4月九州大学大学院総合理工学府環境エネルギー工学専攻修士課程入学
  • 2009年4月 東日本旅客鉄道株式会社 入社
  • 2011年4月 九州大学大学院総合理工学府 博士後期課程(社会人コース)入学
  • 2014年7月 九州大学 博士(工学)

    聞き手:
    萩島理(九州大学大学院総合理工学研究院教授)

JR東日本に勤務しながら総理工の博士後期課程社会人コースに入学し、2014年に博士号を取得された岩井さんに、会社説明会で来学された合間にお話しを伺いました。

学部の頃からドクターは取りたいと思っていた

Q. 岩井さんが社会人で博士課程に進学しようと思ったのは何故でしょう?

A. レアケースだと思うのですが、自分は学部の時点から研究志向が強くて、大学院に入る=ドクターという図式が頭の中にありました。ですから、修士のあと、博士課程にそのまま進学して研究を続けてみようか、という気持ちもあったんですが、色々考えを巡らせた結果、一度まず社会に出て色んな世界を見るのもいいかな、というところに落ち着きました。

  就職を選んだんですが、自分の中長期的なゴールは研究にあって、先々は社会人でドクターを取ろう、という気持ちはずっと持っていましたね。

 

Q. 自分はレアケースだ、とおっしゃいましたが、ドクターを取りたい、という気持ちが学部の頃から強かった理由はなんでしょうか?

A. これは家庭環境が大きいかもしれません。父が大学の教員でしたから。これまで、大学の友人の中でそういうドクター志向を持っている人は殆ど居なかったんです。

社会人で博士課程に入学するタイミング

Q. 考えた末に就職を選んで、会社に入社してみてどうでしたか? 研究に関連する部署に配属されましたか?

A. 実は入社して社会人博士課程に入るまでの間の2年は研究とは全く違う仕事でした。鉄道の駅舎の設計や発注、工事監理など、まさに鉄道に関連する建築を創っていく、そういった現業の仕事です。それはまた楽しいところも多かったですね。 会社によっては入社した時点の事業所や部署で定年までずっと働く、ということもあると聞きます。でも私の会社では、総合職のカテゴリで採用された場合は比較的部署の異動がある、という事は分かった上で入社したので、最初の2年間が研究と遠い仕事でもそれは織り込み済みでした。

 

Q. 社会人の3年目で博士課程に入学した訳ですが、そのタイミングはどういうところで決まったんでしょうか?

A. 私の働いている会社にはかなりしっかりした研究所もあるのですが、社員全体から見れば研究志向の強い自分のような人間はかなり少数派だと思います。そして、先ほど言ったように、比較的部署の異動がある会社ですから、入社して早い段階でドクターを取る事で自分の個性を周囲の人に分かってもらった方がいい、と考えていました。

 かなり年を取ってからドクターを取ろうと思えば、修士の時の研究の再開、という訳にもいかなくなるので、社内で研究の部署にいないと難しいかな、と思ったので、取るなら早いほうがいいと思いました。

 

Q. 早く取るといっても入社してすぐに社会人博士に入学、という訳にはいかないですよね?

A. そうですね。まずは会社の仕事が本務ですから。修士修了してから2年間の間は、意識して研究の情報には触れていましたが、それでも博士に入ってみると前やっていた事を思い出すのには難しいところもありました。自分が前に書いた文章やプログラムのコードを見ても、それに至った経緯をさっぱり思い出せなかったりしましたね。そういう意味では、修士からそのまま博士に進学して研究を継続する方が、圧倒的に早くて楽だと思います。

 

業務、資格試験の勉強、博士論文執筆の両立

Q. 会社の仕事との両立は大変でしたか?

A. 私の場合は、一級建築士という資格を取るというのが会社としてのMUSTだったので、それを蔑ろにしてドクター取ります、というのはできなかった。

 

Q.一級建築士には合格しましたか?

A. 無事、ドクタ-取得の2年前くらいに取りました。会社の業務で必須の取るべき資格をとってないのに、自分が取りたい博士号を先に取る、ということはやはりないな、と思っていました。

 

Q. 通常の勤務に加えて、資格試験の勉強と博士の研究や論文の両方を同時並行だったというのは、大変だったでしょうね。

A. 空き時間を見つけてはずっと勉強か研究をしてました。朝早く会社に行ってやる、電車の移動中でやる、とか工夫して。でも、研究で頭を使うときは、まとまって何時間か続けないとうまく思考や文章が繋がらなかったりするので、短時間で飛び飛びにやるのは効率としては悪かったかもしれません。 ただし、自分にとっては、資格試験は面白いモノでは無かったので、博士の研究はいい気分転換になりました。

 

Q. 社会人博士課程に入学して、博士号を取るまでどのぐらいの時間がかかりましたか?

A. 正規の3年間ではちょっと足りなくて、単位取得済み退学、という事になり、そのすぐ後に論文を仕上げて審査してもらい、無事 4 ヶ月後に博士号の学位をもらいました。

 

Q. 東京の会社で勤務しながら、九大の博士課程の学生だった訳ですが、どの程度の頻度で研究室に通いましたか?

A. それほど頻繁ではなかったです。実家が鹿児島、親戚も福岡県だったので、帰省を挟みつつ長い連休には必ず、という感じでした。週末や休日でも先生は研究室に出てきて下さって、ありがたかったですね。また、指導教員の先生が仕事で頻繁に上京されていましたので、その際に研究打ち合わせのため時間を作って下さったり、先生が出席する学会の委員会に自分も参加させてもらったりしていました。
研究テーマが何か装置を使った実験だった場合なら、研究室に相当な時間居る事は必須になるので、遠方の社会人では難しいと思いますが、幸い、私のテーマはコンピューターシミュレーションだったので、東京に居てリモートで研究室のサーバーを使わせてもらって、自分の計算を走らせていました。

 ですから、福岡の研究室で先生と直接顔をつきあわせる時間があまり取れなくても、きちんと定期的な報告とdiscussionで研究は進められました。

 

先々社会人で博士を取ろうと考えている人は修士の段階で
業績を作っておくとよい

Q. 岩井さんは修士課程で幾つも査読付きjournal paperを書いてましたよね?

A. はい。自分は修士課程の時からドクターを取る事を目指していたので、修士の頃から出来るだけ研究成果を出してpaperにまとめてjournal に投稿して業績を上げよう、と意識はしていました。指導教員の先生もそれを踏まえて当時よくアドバイスして下さっていました。
修士のときに作り込んだ数値シミュレーションのモデルやコードを核にして、それを継続発展させたものが博士論文のベースになっています。自分が就職して2年間で自分の後を継いだ学生さんが研究を進めていたので、その結果を反映させてまた数値シミュレーションの条件や仮定を見直したり、計算のケースを追加したり、という作業をコツコツやっていきました。
社会人博士でゼロから新しい研究をスタートする人に比べると、かなり恵まれていたと思います。
もし、今の修士課程修了後に、就職してその後で社会人でドクターを取ろうと思っている人がいたら、是非、修士の時にしっかり頑張って業績を作っておくことをお勧めしますね。また、指導教員の先生にも早い段階でそのビジョンを伝えておくとよいと思います。

 

Q. 仕事をしながら博士を取るという事で、勤務先の会社は何か配慮してくれましたか?

A. 会社の業務に支障をきたさない形でやります、学費も自分で出します、という事で社会人博士のコースに入ったので、業務は完全に通常通りでした。週末など仕事以外の空き時間に集中して博士の研究をやる、という感じでした。

 

Q. ドクターを取った後の会社の反応はどうでしたか?

A. 仕事に迷惑をかけず自分の余暇の範囲内でやります、という事で博士に入学したのですが、ドクターをとったときの社内の反応・反響は私の予想以上で、支社長への報告の機会・本社での成果発表、社内誌へ掲載されました。会社としても今後は博士号取得者を増やしていこうという考えはあるようです。
仕事については、今年の6月に部署が変わったのですが、今回も研究畑ではないですね。長いスパンで自分のキャリアの方向は考えていけばよいかな、と思います。

 

社会人がドクターを取る意味: ロジカルシンキングを身につける

Q. 研究開発ではない部署で勤務していても、博士号をとった事が役に立つ場面はありましたか?

A. 私は鉄道、駅舎に関連する開発案件などを担当すると、自治体との協議が必要になる事が結構あります。
都庁、県庁、市役所などの部課長級の人がいる場に30歳前半の自分が会社の渉外担当として出て行くと、なんだ若造か、と思われそうなところですが、ドクターを持っていることで、博士のトレーニングを受けて学位を取得したという自分の身元、アカデミックのバックグランドを分かりやすく示す事ができているように思います。

 

Q. それ以外には、一般的に企業で働く際にドクターのトレーニングが活かせてるな、と感じる事はありますか?

A. それは勿論です。ドクター然り、修士の教育もとても重要だと思います。

 例を挙げますと、私は最近会社説明会等で大学を訪問して、学部や修士の学生さんと一対一で話す機会がありますが、話の内容の論理性、整合性、スピード感というのは、修士の学生さんは学部生の方を圧倒的に上回っているな、という印象でした。
会社説明会等の際に、自己アピールしようと思って一生懸命自分の思いばかりを語っていると、だんだん話の前後の脈絡がおかしくなったり、不整合な点がでてくるものです。そうした点を突く質問を受けたとき、うまく論理的にバランスよく相手を説得するようなリアクションがとれるかどうか、という事をこちらは見る訳です。
こうした場面では会話はよどみなく続くので、瞬時に反応してうまく適切に喋るためには、ロジカルシンキングが染みつくまでトレーニングされてないと、対応できないですよね。
そのトレーニングには、まさに研究することが有効だと思います。

 

Q. なるほど。大学の教員には思いも寄らない話でしたけど、大いに頷けますね。

A. 博士課程で勉強してドクターを取る、という事になれば、修士の何倍ものボリュームの研究をやって、さらに幾つもある研究の要素を、体系的に組み立てて一つの論文にまとめるという事なので、修士からすると更に上位のトレーニングだと思います。
会社の業務では、幾つもの煩雑な仕事が相互に繋がって同時に進んでいきます。自分の決断がプロジェクトの行方を左右してしまう事もある。そうしたなかで、大局観をもって総合的にモノを考える、各所を調整する、スケジューリングして、解決に繋げて行くには、まず基本的なロジックが必要になります。そういう点では研究は、関連する色んな物事をよく観察して、仮説を立てて、筋道を明らかにしよう、という行為ですから、求められるスキルは同じですね。勿論、大学院に行かずともそうしたスキルを自然に身につけてしまっている優れた人もいますけど。

 

Q. 非常にうまい説明で感心させられました。大学人にとっては、研究をする事は食事をするように当たり前の営為で、研究という経験がもたらす社会生活における普遍的な価値を考える事はあまり無いのですが、これは大事な事ですね。

A. 就職に有利だから、という程度の考えで修士まで行く学生さんも一部に居ると思いますが、実際には、修士や博士で研究する、というのは強制的にロジカルシンキングのトレーニングをさせられる、という事だと思います。
ですから、総理工の後輩になる学生さんたちにも、今やっている研究は、仮に研究と違う仕事を将来する場合であっても絶対に財産になるよ、と言いたいですね。

 

Q. 私は岩井さんが修士課程に入学してきた時から指導教員の1人として接してきたのですが、今日の話を聞いて、思わぬ九大総理工の教育の果実を見る事ができたような気がします。今日はどうもありがとうございました。

 

指導教員より

九州大学大学院総合理工学研究院 谷本潤教授

谷本先生の研究室はコチラ

細部を知るジェネラリストとして活躍してほしい

彼は東京にある有名大学から修士課程の時に我が研究室にやってきた。籠球を学生時代にやっていたらしく、なるほど偉丈夫である。学部の出身研究室の特徴もあってか、万事にそつなく、研究内容の見せ方、説明の仕方は、最初から上手だった。この美質はくせ者で、ともするとテーマは軽佻浮薄に流れ、十を百に膨らました態の研究に堕しやすい。が、彼は違った。熱負荷計算、居住者行動の確率モデル、シミュレーション・・・一つ一つの積み上げを厭わなかった。研究者向きの質を垣間見た。修士を終えて、就職するという。手回しよく自分で全て決めてきた。行く先は、建築に限局せず、外に向かって拡がってゆく、いかにも彼の全能性に合いそうな会社だった。父君から懇篤な書簡を頂いた。その後、本人から社会人博士を取りたいと言うてきた。無事、学位を取った。無論、細部には紆余曲折があって、話は丸めている。万事そつなく優秀な学生が修士修了後に名の知れた大企業に就職していく・・・一方で未知を明らかにする探求心を失わない・・・私は彼に社会人博士課程の良き典型例(アーチタイプ・モデル)を見ていた気がする。雑な知識しか持たぬスペシャリストは論理破綻しているが、委細を知りながら全体を統合出来るジェネラリストは尤も望まれる稀な人材である。彼にはそんな活躍をして、社会貢献してほしいと念じている。

 


 

電子顕微鏡で見るミクロの世界に魅せられた

九州大学大学院総合理工学研究院 
助教 博士(工学) 赤嶺 大志さん

2017年 3月31日 インタビュー

  • 2008年4月 九州大学工学部エネルギー科学科入学
  • 2012年4月 九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学専攻入学
  • 2012年12月 修士博士一貫コース Green Asia Program編入
  • 2017年3月 九州大学 Green Asia Program修了, 博士(工学)
  • 2017年4月 九州大学大学院総合理工学研究院 助教

    聞き手:
    萩島理(九州大学大学院総合理工学研究院教授)

 

修士博士一貫コースGreen Asia Programの一期生として博士号を取得し、2017年4月からは九大総理工のアカデミックスタッフとして勤務される赤嶺さんにお話しを伺いました。

磁場を使って磁性材料の組織を制御する–

Q. 門外漢の私が質問するのが適当なのか分かりませんが、まずは赤嶺さんの研究について教えて下さい。

A. 修士からずっとやってきたテーマは、材料の相変態のメカニズム解明で、具体的には、磁場を使って材料の組織形成の過程を制御して得たい特性を得ようというものですね。

 

Q. 具体的に扱っていた材料はどんなものでしょうか?

A. HDDなどの磁気記録に使われるような磁性材料です。 磁性材料を磁気記録に使うときには、結晶の向き、配向を制御するのが非常に重要なんです。普通にただ材料を作ると結晶はバラバラになってしまうのですが、そこに磁場をかけるとキュッと向きが揃う。磁場と熱処理のプロセスをうまく組み合わせてやると、非常に効率よく配向した組織が得られる、という事が知られてます。
でも、そのメカニズムが分かってなかった。そこで、組織を観察しながらどうなっているのか、というのを調べました。

 

Q. どちらかというと、工学的な応用研究というカテゴリになるのでしょうか?

A. そうですね。 ただし、自分の使った材料は実用材料という訳ではなかったので、研究結果が直接何かの製品開発に使われるためには、まだ考えないといけない事がありますね。一方で、解明したメカニズムは多分広く色んな材料に適用できると思うので、そういう点では基礎研究としてかなり意義があると思ってます。

 

Q. 実験、観察のアプローチが中心ですか?

A.そうですね。まずは修士の時には実験、観察をやって、それでメカニズムを考えるのですが、それだけでは裏付けがないので、博士になって数値シミュレーションもやりました。それで非常に良く再現でたので、その仮説は正しいだろう、という感じですね。

 

電子顕微鏡でみる材料のミクロの世界の魅力

Q. 研究のどんなところが楽しいですか?

A. 研究するという事自体がまず楽しい。新しい事を見付ける楽しさですね。
あとは、僕の場合、電子顕微鏡で材料の組織を見ること自体がとても楽しいですね。普通目にしている材料の中身が、本当はどうなっているのか、ということが非常に具体的に分かります。それが楽しいです。
装置次第で原子もハッキリ見ることができます。例えば、最近の透過電子顕微鏡という装置を使えば、一千万倍くらい拡大できて、ピコメートルレベルの大きさのものが見える。目に見えてる世界とは全く違う、特殊な世界ですね。物事の真理が隅々まで見える、みたいな感じかな。

 

Q. 電子顕微鏡というのはかなり高価な大型装置で、それがある大学というのは限られてますよね?

A. ものによってはそうですね。だから研究環境は恵まれてます。本当に。

 

Q. 電子顕微鏡で見る世界の魅力、というのは博士進学の動機にもなっていますか?

A. 電子顕微鏡を知る前の学部生の頃から、博士に進んで、できれば研究職に就きたいとは考えていました。何かを探求する仕事、日々新しい事を探していく、そんな仕事がしたいな、と思っていました。
で、実際に卒論、修論で研究室に入ってみて、研究する事への漠然とした憧れから、具体的な研究分野についての面白さに開眼した、という感じです。

 

Q. 実際に研究を進める際には、グループでやるのでしょうか?それとも基本一人ですか?

A. そうですね。スキルや知識がない最初の頃は、やはり先輩に色々やり方を教えてもらったりしました。
でも、結構早い段階から自分勝手に自由にやらせてもらいました。装置を壊してしまった事もありますけど。
一人でサンプル作って、見て、考察して、実験の方法や条件を変えて、という試行錯誤です。データ自体はみんなで見て話し合いますが、基本的には一人で進めることが多かったです。
あまり縛られず自由にやらせてもらえる研究室だったので、それが楽しかったですね。

走査電子顕微鏡によって可視化されたFe-Pt合金の磁区構造(a), 結晶方位(b), 表面起伏(c)。

 

Journal paperの採択まで1年間戦ったことも

Q. 博士課程で大変だった事、苦労した事は何でしょうか?

A. いやあ、paper(ジャーナルに掲載される論文)には結構苦労しました。最初は書き方が分からなくて。
指導教員の西田先生や共同研究の先生方に何度も何度も添削してもらいました。

 

Q.paperの投稿で、特に苦労したのはどんなケースですか?

A. 僕の場合、テーマのやや違うものを3本書いたのですが、1本目は修士学生だった事もあり特に研究室の先生方が親身に指導して頂いて、結構テンポよく採択までたどり着きました。2本目はベルギー留学中に書いたのですが、やはり留学先の先生がとてもよく指導して下さったせいもあって、難なく通りました。その後、3本目に商業誌を狙ったのですが、そこで躓きました。まず、書き方が専門誌とは違うということがなかなか呑み込めなくて、先生方に何度も訂正をもらいました。論文を投稿した後も、待ってようやく結果が来ると、レビューアーからの沢山の指摘、それに返答して原稿を修正して、を繰り返す。半年以上戦い続けましたね。
そろそろエディタ裁量で採択が決まるのでは、と先生方も仰っていたのですが、それがなかなか出なくて。それでも、徐々にレビューアーの指摘事項が減っていって、遂に採択になりました。

 

Q.やはり、雑誌によってスタイルの違い、読者層の違いなどで査読にもクセがありますよね。

A. そうですね。最初はその違いがよく分かってなかったです。
投稿した先が商業誌という事があって、社会的なインパクトが伝え切れてない、この論文をこのジャーナルに掲載する意味があるのか、といった事をしきりに言われました。純粋に学術的な内容とはちょっと違うその種のコメントへの対応は難しかったです。

 

Q.でも無事採択になった訳ですね。

A. そうですね。指導してくださった先生方のおかげです。査読の結果が出るまで、待ち時間もあって恐ろしいですね。でもいい経験でした。

 

海外との競争を意識する

Q. 赤嶺さんは博士の時、確か留学を経験されてますよね?

A. はい。ベルギーの大学に10ヶ月行ってました。生まれて初めて長期海外に滞在しました。

 

Q. 行ってみて、どうでしたか?

A. 10ヶ月は長かったですね。大学の中の電子顕微鏡センターのような場所でしたが、ドクターとポスドクだけで30人くらい居ました。九大にも電子顕微鏡室はありますが、人数という点で規模が圧倒的に違いました。女性が多いのも驚きました。
こうした若いドクター、ポスドクが海外から集まって来て、活発にやりとりして、目まぐるしく人が入れ替わって行く、という感じです。日本に比べれば落ち着きがないかもしれませんが、成果を出すスピードは速かったです。環境の違いはひしひしと感じました。刺激にはなりました。

 

Q. ベルギーと日本の研究環境を比べてみて、どう感じましたか?

A. 向こうでは途上国などあちこちから学生が沢山集まってきて、研究して、またどこかに出て行く、という構造で流動性がとても高いです。せっかく指導しても、すぐに出て行ってしまう、という事で教員の側からすると大変かもしれませんが、それでネットワークが広がるのかもしれません。
それに比べると日本は人手不足というか、若手研究者の数が少ないです。男女比も偏っていますし。でも、日本のいいところも沢山あると思うので、これから研究の活力で負けないよう、頑張っていきたいですね。

 

博士課程在学中の経済基盤

Q. 博士課程進学を決めた段階では、その先の進路のイメージはありましたか?

A. これ、とハッキリ決めてはしていなかったです。でも、研究で頑張っていれば、どこかに行けるだろう、就職はあるだろう、と思ってました。実際に最近は博士の求人も多くなってきていると思います。
ちょうど、自分がM1のタイミングで修士博士一貫のリーディング大学院Green Asia Programが始まったので、そのコースに入りました。Green Asiaから奨学金がもらえるようになったので、学部・修士と日本奨学生機構から貰っていた奨学金(借金)がそれ以上増えずに済む、というのはかなり有り難かったですね。
ただし、仮にGAの奨学金がなかったとしても、学振(学術振興会の特別研究員制度)や他の奨学金もあると指導教員の先生から聞いていましたので、やはり進学していたと思います。

 

大学教員となる今後の抱負

Q. 博士号取得の翌月から九大の教員として勤務しますが、抱負を聞かせて下さい。

A. これまでも博士学生として下級生を指導はしていましたが、教員という立場になるので、今後はもっと主導的にやっていこうと思ってます。例えば、研究室内で勉強会を催したり、研究のモチベーションを上げていく方策を練ろうと思います。

 

Q. 研究の面ではどうでしょうか?長期的な目標ありますか?野望とか?

A. 今の研究は限られた材料に話を絞っているので、今後はもう少し普遍的に通用するような、大きなテーマを扱いたいな、と密かに思ってます。

 

Q. その分野を大きく変えるようなインパクトがある研究?

A. 僕がいるのは金属材料の分野なんですが、最近は、複合材料、有機系材料の方が社会的にはかなり脚光を集めている側面があると感じています。ですから、金属の材料としての良さを引き出せるような何かブレークスルーができればと思います。金属はまだ担える場所は大きいと思うので。

 

指導教員より

九州大学大学院総合理工学研究院 教授 西田 稔

西田先率いる結晶物性工学研究室へのリンクはこちら

若手教員・研究者として学びや研究の楽しさを後輩に伝えてほしい

 当研究室で行っている研究は結晶性材料、とりわけ、金属材料の構造・組織解析であり、古くは金相学と呼ばれていました。易者が手相や人相を観ることと同じように、金属の表面や内部組織の特徴から製造履歴、熱履歴、さらには物性との関係を理解し、それを基に組織を制御して特性の向上や新機能の創出を図る学問分野です。
私が尊敬する大先輩の研究者の言葉を借りると「金相学とは金属との会話を楽しむ学問である」と言うことになります。本人も述べていますが、赤嶺大志君は学部4年から博士課程修了まで、種々の電子顕微鏡を使って実に楽しげに金属と会話しながら、その素顔に迫る“ささやかな真実”を探求する研究に取り組み、多くの成果を挙げました。その間にGreen Asia Programによる経済的サポートや日本学術振興会の若手研究者海外派遣プログラムによる長期海外留学は、巡り合せとは言え幸運なことであり、両プログラムによって様々なことを経験したことが研究者を志す一因になったようです。
金属材料と人間の関わりは4000~6000年にも及びますが、金属学には未知の領域が多く残されています。赤嶺君には研究者としてその一角を切り拓くとともに、本学の教員として自らの体験を通して、学びや研究することの楽しさを後輩たちに伝えてくれることを期待しています。

 最後にこの拙文を読んでいただいている学部、修士課程の皆さんへ一言です。博士課程に進学すると就職の機会を失うと言われてきましたが、最近は博士学生の求人も増えています。事実、赤嶺君と同期の当研究室の博士修了生は難無く大手鉄鋼メーカーの研究職に就くことができました。博士課程は学部・修士課程では経験できない様々な事柄を通して研究者・技術者としての知識や能力の幅を拡げるところであり、決して就職の選択の幅を狭めるところではありません。研究が好きで楽しいと思う人は博士課程進学を人生の選択肢の一つに加えてください。

 


 

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